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兵庫県神戸市オステオパシーの手技治療院「ファースト」|院長紹介 |
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院長の紹介
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明治鍼灸短大(現明治鍼灸大)卒 鍼灸師
関西柔整専門学校卒 柔整師
ユニバーサルカイロプラクティックカレッジ卒
日本オステオパシープロフェッショナル協会 会長
American Academy of osteopathy 会員
(米国クラニアルアカデミー認定)
Cranial Basic course 合格
Advance course 修了
WOHO会員 |


家族は妻と一男、一ビーグル犬。仕事が多忙のため、なかなか家族との時間が過ごせないけれど、時には得意の手料理で家族をもてなします。その腕は自宅に一流フランス料理シェフを招き、料理対決を挑むほど。
作り出すメニューは独自の無国籍料理。味は食べた人をうならせるほどの一級品。
仕事と同様に徹底して追及していく姿勢はそんなところにも現れています。
息子さんの修学旅行に自らがお弁当を作ったやさしい父の顔も。もちろん、息子さんにとってその味は一生忘れられない思い出となっています。 |

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オステオパシーとの出会い

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私が医学の世界に強い関心をもつようになったのは、高校3年生で大学の推薦入試を受けるという時でした。その時、重い膵炎と腎炎を併発し入院することになってしまったのです。生死をさまようほどの重篤な状態で、危機を脱したあともしばらく入院生活を余儀なくされました。「病院をいつになったら退院できるのか?」と毎日のように聞く私に、返事に困った母が「占いの人に見てもらったのだけど、この教本を全部暗記することができれば、退院できるらしいわよ。」と、適当な作り話をしたのです。
しかし、私はその言葉を信じました。そして退院したい一心で一生懸命暗記しました。まさか母も、私が全部暗記するなんて思わなかったようですが、本気になった人のエネルギーというのは、なんと強いのでしょうか。「治りたい、退院したい」という一心で本当に一冊の本を全て暗記してしまったのです。
不思議なことに、暗記出来るやいなや医師から「明日、退院しますか」と言われました。それまでは退院の目処もたたなかった病状だったのにです。私はこの時、説明の出来ない感動と好奇心でいっぱいになりました。今思えば、医学では説明ができない治癒力、エネルギーが人間の身体の中に存在することを、自分の身体を通して感じたのだと思います。
その後、鍼灸の学校(明治鍼灸短大・現 明治鍼灸大)へ通い、卒業と同時に鍼灸院を開業。さらに柔整師の資格取得後、整骨院を開業。そして、テーピング、磁気等独自に研究していくにつれ人間の身体の持つ不思議な法則性に興味を持ち、カイロプラクティックにも取り組み、始めはその効果に驚きました。しかし、脊柱と脊髄神経に赴きを置き過ぎ、四肢・内臓・頭蓋・リンパ・血管・筋などに対しては余り目をむけておらず、体全体を一つのユニットとして診ることに欠けるためか、慢性疾患に対して限界を感じるようになってきました。本来この職種を志すきっかけは、自分自身が病身となり命をおとしかけた時に痛感した健康体への憧れと、予防医学の重要性です。
もっと上の治療を・・・と色々な事を模索していた頃、オステオパシーのクレニアルというテクニックを知り、頭蓋の動きと人体に対する影響に「コレだ!!」という直感がありました。その後、オステオパシーの仙骨病変のセミナーを受講し、その内容の深さ・高いレベルの解剖・生理学に基づいたその洞察力・理にかなったテクニックと臨床効果など全ての面において驚かされました。それからというもの、オステオパシーにのめりこみ、日本国内でのオステオパシーのセミナーを受講するだけでなく、何度もアメリカ、カナダ、ヨーロッパにも足を運び学びました。
オステオパシーに出合ってからの私は、治療に自信が持てるようになり、本来私の目指していた仕事(治療)に近づいたことでの充実感から、今ではオステオパシーの勉強が私の趣味と生きがいになっています。実際に患者さんが回復していく姿を見て、私自身も本当に喜びを感じています。
高校生のころ、回復したい一心で教本を暗記したことによって起こった自分のパワーを体験している私は、自然治癒力を引き出すというオステオパシーの治療を深く追求していくことで、多くの患者さんを救えると信じています。
そして、これが私に与えられた天職であると感じているのです。 |
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