First Osteopathy:ファースト オステオパシー

兵庫県神戸市オステオパシーの手技治療院「ファースト」|下村院長 対談

オステオパシー治療例院長の紹介Firstのご案内よくある質問
オステオパシーとは?
対談





下村院長 対談

talk

下村院長対談   Philippe Druelle博士に聞く  [2005年9月1日]

下村院長とフィリップ・ドゥリュエル
対談のお相手
フィリップ・ドゥリュエル
・・・・経歴

■日本で国際基準のDO (デュプロマ オブ オステオパシー)育成を
ジャパン トラディショナル オステオパシー カレッジは、日本で初めて国際基準に達したDO (デュプロマ オステオパシー)の育成をはかる学校として2007年に設立されます。同校はカナダにあるモントリオール オステオパシー大学の全面的な協力体制を得て、講師陣の招日、カリキュラム構成を行い、国際基準資格に合格した卒業生にはまず日本校からDOの称号を与え卒業論文を書き認められた者はモントリオール オステオパシー大学からのDOの称号が与えられます。
モントリオール オステオパシー大学の学長であり、カナダ、ヨーロッパで国際試験の審査員もつとめるPhilippe Druelle先生は下村校長が師と仰ぐオステオパスであり、カナダにおけるオステオパシー教育の基礎を作りあげた教育者でもあります。


日本でのオステオパシー教育確立、伝統を守るために

 下村先生とDruelle先生はいつ、どのような形で出会われたのですか。

下村院長とフィリップ・ドゥリュエル下村 2002年のサンディエゴのセミナーです。私は先生の講義にとても感激したことを今もはっきり覚えています。

Druelle先生
 ビオラ・フライマン女史が行っているオステオパシー・フォー・チルドレンのセミナーでしたね。下村さんはとても私の方法に興味を持ってくださったのです。

下村
 Druelle先生はオステオパスとしての技術の素晴らしさはもちろんのこと、まるで生徒の理解度を手にとるように感じとって下さり、全員がわかるように授業を進めていかれるんです。それまで、いろいろなセミナーを受けてきましたが、一番、心に響く授業でした。

Druelle先生
 それはありがとうございます(笑)。それで私を日本に呼んでくださって、私も喜んでその要請にお応えし、付き合いが始まったんです。


 家族ぐるみのお付き合いをされているとか?

下村 先生には日本に来ていただいたり、私がカナダへ行ったりもお付き合いをさせていただくようになりました。プライベートでもお付き合いをさせていただき、ますます、先生のことを知るようになり、今、私がもっとも、尊敬するオステオパスです。

Druelle先生
 そこまで言っていただくとはとても光栄ですね(笑)。


ちなみに、Druelle先生が尊敬されている、また、影響を受けたオステオパスの先生方はどのような方ですか? また、交流のある方にはどのような先生がいらっしゃいますか?

Druelle先生 そうですね…。なかなかむずかしい質問ですね…。それぞれ個性を持たれていますし、出会いの運命というものもありますからね。多くの人に尊敬を払っています。その中でインスピレーションを与えてくれたといえば、トーマス・スクーリ。彼はウィリアム・ガーナー・サザーランドの弟子で、彼から選ばれた最初の指導者です。同じく、サザーランドの弟子で、つい最近、103歳で亡くなられたアン・ウエルズ。それから…ビオラ・フライマン。彼女は私の先生です。今から30年ほど前に教わりました。あっ、ドニー・ブルックスもですね。彼は私の先生で、すごく精神性のある人です。尊敬するというと、この4人ですね。交流のある人となるとものすごく多くて、名前を挙げきれませんね。100人以上はいますよ(笑)。


 Druelle先生から見て、下村先生はどのようなオステオパスですか?

Druelle先生 下村さんは非常に情熱を持っている方だと感じましたね。しかも私の仕事に対して敬意を持っていると感じました。だからこそ、下村さんの今回の日本での大学設立、協会設立というプロジェクトに関してとても敬意を払い、期待をしています。

下村 ありがとうございます。Druelle先生にそう言っていただくと心強いです。先生に理解をいただき、多大なご協力をいただくことに対して、大変、感謝しています。

Druelle先生
 下村さんとは何度かお会いしましたが、私が感じるのは下村さんは奥様を含めお二人ともとてもキャパシティを持っていることです。また、完璧な形で教育を行っていくことができる能力をお持ちです。あわせてオステオパシーの伝統を守ってくださる人だと確信しております。


 日本ではまだ、国際基準のオステオパス育成が確立されていないとお聞きしていますが、
 かなりパイオニア的な存在といえるのでは?

下村 私はオステオパシーに出会い、これこそ、私の求めていたものであり、日本に正しく広めていきたいと強く感じたんです。そのためには正しい教育が必要であり、その技術、伝統を守っていかなければならないと強く思ったんです。それが使命であるともね…。私の視線は常に世界に向いており、ライバルは海外の一流のオステオパシー大学であり、日本国内には視点すら合わせていません。したがって日本校設立の話が具体的になってきたことにより、私が自分の手で教えていたオステオパシースクールでさえ入学希望者が後をたたず多かったにもかかわらず3期生で終了し、4年目には応募者全員に対して断り、5年目でいっきに5年制のパートタイム形式にもっていくわけです。

Druelle先生 私もそれを聞いて支援をしようと決断しました。現在、モントリオールにオステオパシー スタディ カレッジ(CEO)がありますが、このカレッジは国際的にも認められている学校です。ここは私が設立したオステオパシー医科大学モントリオール校のキャンパスにもなっています。私たちのカレッジは下村夫妻が日本で展開しようとしているカレッジの発展を願い、バックアップしていきます。そのために、教育は国際的基準にのっとって行います。国際基準を満たし、かつ一般大衆に対して安全なオステオパスを育成するため、国際的基準と同等の教育を行う学校にしていきたいと考えています。


海外での教育は国際基準有資格者育成が主体
筆記、臨床、論文、口頭試問の試験合格で初めて資格を得る

日本では現在、オステオパシーの教育に関してはセミナーが主体ですが、海外ではセミナーと大学での教育の違いとはどのようなものですか。

下村院長とフィリップ・ドゥリュエルDruelle先生 セミナーではオステオパシーの技術を学びます。つまりテクニックを使ってみんなをよくすることです。ただ、完全に揃った教育をすることはできません。方法論にのっとり、一人ひとりの患者さんに対応した処置ができるように育成するには、すべてが揃った学校でなければできないでしょう。患者さんが苦しんでいる原因を見つけ、見極め、それに対する解決策を提供できるオステオパスの教育は学校、大学、カレッジでなければできません。例えていうなら、セミナーの教育は非常に能力の高いワーカーは育てられます。でも、完璧に揃った学校での教育では効率的で能力のあるエンジニアを育成することができるという違いがあります。

下村
 実は、私もこれまで、セミナーで学んできた一人なんです。だからこそ、自分がちゃんとした学校で学びたいという気持ちから、学校設立を考えたんです。最初のきっかけはそういう気持ちからだったんですよ。いわば、自分のための学校かな(笑)。

Druelle先生
 そうだったんですか。それはいいことですね(笑)。今、ヨーロッパでオステオパシーを学んでいる人は約35000人いますが、全員、学校で学んでいます。セミナーのような連続性のない形で勉強している人はヨーロッパでも、カナダ、ロシア、オーストラリア、アメリカでもありません。セミナーを受けて試験を受ける方式はありません。もっとハイレベルな教育を行っており、多くの場合、その教育は大学からも認知されています。


 先生はそれらの教育を受けた学生たちの最終論文の審査をされていらっしゃるのですか?
Druelle先生 カレッジの生徒は教育を受けたのち、筆記のテスト、臨床のテストをして、そのあと論文を書きます。それに対して、レベルが達している者には学校からDOの称号が与えられます。それと、国際的に認められた審査員が審査を行う試験もあり、私はそのような国際的基準の審査員をつとめたことがあります。下村院長とフィリップ・ドゥリュエル
もちろん私のカナダの大学だけでなく、フランス、ドイツ、ベルギー、ロシアなど複数の審査委員のメンバーになったことがあります。学生は非常にアカデミックな筆記試験、口答試験をへて論文を提出し、それに対して、ハイレベルな教授陣が口答試験を行い、評価をします。


下村 私もぜひ、その審査に合格したDOの称号を得たいと考えています。

Druelle先生 それは、ぜひ、頑張ってください。審査はなかなか厳しいですよ(笑)。


カナダから講師陣を派遣、同等のカリキュラムを提供

下村先生が設立しようとするカレッジはどのような学校を目指されているのですか?

下村 Druelle博士がおっしゃったような、国際基準にのっとった教育を行う学校です。そして、国際的に評価と権威を得ることができるオステオパスの育成に努めていきたいと考えています。


 先生はそれらの教育を受けた学生たちの最終論文の審査をされていらっしゃるのですか?

下村 もちろんです。日本でDO 、デュプロマ オブ オステオパシーの称号を得るのと同時に卒業論文が認められれば、Druelle先生のカナダのモントリオール大学からもDOの称号を得ることができます。またそうなるまでにDruelle先生に多大なご協力を仰ぐこととなります。

Druelle先生
 DOの称号を得るためには、ヨーロッパでも認められる論文をカナダに提出し、認められることが当然、求められます。そのレベルに達していればDOの称号が与えられます。それは、日本もカナダも全く同じ条件なのです。そのためには下村さんもそれを強く望んでおられるように、カナダでのアカデミーの内容や、教育的な条件は同等のものを提供できるようにします。


 ということは、講師はカナダから派遣されるのですか?

下村 現状、日本でそのような教育を行える講師陣がゼロに近い状況です 。
当然、カレッジの一期生に関しては100%カナダのDruelle先生の学校から来ていただくことになります。
完璧な形での教育を実施していくためにはそれは絶対に必要だと感じています。 完璧でなければ、やらないほうがいい。僕はそのような決意で学校を運営していきたいんですよ。


 そのような決意を聞かれて、Druelle先生はどのように思われますか?

Druelle先生 もちろん、モントリオールのカレッジは日本のカレッジの支援を、カリキュラムにおいても、講師派遣においても実施していきます。下村さんの熱い思いに応えていきたいと考えています。


協会設立で資格者のレベルアップ、患者の安全性を守る

 学校を設立すると同時に協会の運営も行われるのですね。

下村 セミナーのような連続性のない教育だけでは徹底した教育はできないと感じたのでカレッジの創立を決意しました。そして、それは質の高いものでなければならず、質の向上、維持を行うために協会も必要であると考えました。そこで「JOPA(協会名)」を設立しました。聞けば、ヨーロッパでも学校の質向上からかなり淘汰が進んでいるとのことですが…。

Druelle先生
 政府によってオステオパスが認知されて以降、アカデミー的、教育的側面の要求度が出てきました。アカデミー、つまり研究的な面と教育的な面、モラルが求められています。弱い構造組織、不十分な組織では小さなセミナーしか行えません。そのためしっかりとした定期的なカリキュラムをしていなかったところは淘汰されました。基準を満たしていないところは消えていったのです。


 つまり、レベルに達していない学校は存続しえないと…。

Druelle先生 具体的な数値をあげるとイギリスでは約40あった学校が、認知してもらうということで12校となり、現在は5校になっています。パワーのある学校しか残れないのです。


 それは、なかなか厳しい現実ですね。

下村 日本の学校もぜひ、残っていく学校としていきたいと思います。そして私自身を含めて、国際基準を満たした能力あるオステオパスの育成に努めていきます。それは絶対的な私の信条です。


 その言葉を聞いて、Druelle先生はいかがですか?

Druelle先生 とても心強いですね(笑)。確かに、下村さん夫妻は能力があり、倫理観のあるオステオパスの育成が可能であると感じています。そのことに対して私は最大限の支援を惜しみません。


 ちなみに、日本人のオステオパスに対しての資質というのはDruelle先生は、どう感じられていますか?

Druelle先生 これまで私はいろいろな国で指導してきました。いろいろなカレッジや文化がありますが、日本人が本当に真剣に学ぼうとしていることに大変、驚きました。非常に正確さを求め、そして職人的な態度を持って勉強しています。また、非常に高い感受性を持っています。そういう意味でも日本でオステオパスがいい形で育っていくと確信しております。だからこそ、下村さんへの期待が高まります。資格を取得した人と、一般の日本の人がオステオパシーの花を咲かせてくれると心から期待しています。


 本日はお忙しいところ、ありがとうございました。


ジャパントラディショナルオステオパシーカレッジは、やむを得ない事情で開校中止となりました。
詳しくは、こちらでご確認願います。


Philippe Druelle D.O.
(フィリップ・ドゥリュエル)

Philippe Druelle(フィリップ・ドゥリュエル)D.O.は、伝統的なオステオパシーの振興ため欧州および北米で活動している。1979年にManual Therapy AssociationとCollege Atman(コレージュ・アトマン)にて学ぶ。1980年に頭蓋オステオパシーの終了証明書を取得
経歴書
1983年「環椎と閉塞」についての学位論文を提出。1988年ベルギーにおいて名誉ディプロムを取得。
1981年:College d’Etudes Osteopathiques de Montreal(モントリオール・オステオパシー学校)設立。
1980年:ドイツにDeutsches Osteopathie Kolleg 設立。
1991年:トロントにCanadadian College of Osteopathy 設立。
1996年:ケベックにCollege d'Etudes Osteopathiques(オステオパシー学校)設立。
2001年:バンクーバーにCollege d'Etudes Osteopathiques(オステオパシー学校)設立。 2002年:ハリファッタスにCanadadian College of Osteopathy 設立。 2002年:HertensteinにSwiss International College of OsteopathyLuzeme 設立。
1982〜2000年:フィリップ・ドゥリュエルは、FCERO(Fondation Canadienne pour l'Enseignement et la Recherche en Osteopathie:オステオパシーの教育および研究のためのカナダ財団)を設立し、理事長を務める。この財団は、モントリオール、トロント、ケベックおいて身体障害を持つ小さい子供たちのオステオパシー治療を行っている。
2003年4月:Association Internationale pour la recherche en Osteopathie(オステオパシーの研究のための国際協会)の共同理事長に就任。

フィリップ・ドゥリュエルは、国際シンポジウムを30回開催、そのプログラム内容を決定している。世界各国(フランス、ドイツ、ベルギー、米国、英国、ロシア、アルゼンチン、オーストリア、オランダ、日本)、多くの組織から授業を行うよう招聘されている。1984年からフランス・オステオパス登録名簿の会員、ケベック・オステオパシー・ディプロム取得者協会の会員、ドイツ・オステオパス登録名簿会員であった。1992年〜2000年までAmerican Academy of Osteopathyの会員。その期間中、アトランタ、セントルイスと2回にわたり養成に関する国際委員会に招待されている。

2001年、フィリップ・ドゥリュエルは、これまで学生向けの教材(本)24冊著し、Spirales社という出版社を主宰している。この出版社は、「Osteopathy in the Cranial Field」などオステオパシーの伝統として重要な本の翻訳をしている。この出版社は、オステオパシーと詩の分野における科学的研究を扱う本を専門にしている。

フィリップ・ドゥリュエルは、研究活動、伝統に興味を示して研究を行っていて、オステオパシー業界にとって有用な成果を数多く発表している。例えば、脳に対する治療と脳系統的活動、脳硬膜痙攣(けいれん)、中央連鎖、オステオパシーにおける評価および処置の方法概説、第3脳室および側脳室、関節系器官とそれに適用できる多くの応用技術(後頭骨/環椎/軸椎、仙骨とリンパ系中央連鎖など)がある。23年に渡り北米やヨーロッパで数多くの学生に教え、オステオパスの仕事には、患者それぞれのフォルクラムを把握することを強調している。

ページトップへ



HOMEオステオパシーとは?治療例院長の紹介Firstのご案内よくある質問
NEWSお問い合わせリンクサイトマップ
プライバシーポリシー